今年最後のコラムは、一年を締めくくるのにふさわしい、Retired Racehorse Cup・引退競走馬杯 ※1(以下、RRC)ファイナル大会2022をお届けします。
※1 Retired Racehorse Cup・引退競走馬杯
引退競走馬が乗馬・馬術への入り口としての活躍の場とセカンドキャリアの形成、人材育成のためのリトレーニング技術の向上のほか、乗馬・馬術ファンの拡大を図ることを目的として、全国乗馬倶楽部振興協会が実施している馬術競技会。
あのサラブレッドたちが競馬場に帰ってくる
RRCは、引退競走馬の多様な利活用推進の取り組みのひとつとして2018年から実施されており、ファイナル大会が開催されるのは今年で3回目です。予選大会は全国18会場で開催。予選を通過した計40頭(馬場馬術12頭、障害馬術28頭)の引退競走馬が、2022年12月18日、東京競馬場に帰ってきました。
ファイナル大会出場馬の過去の成績を見てみると、未出走の馬から中央競馬の重賞で活躍した馬までさまざま。競走馬として、それぞれ違った道を歩んできたサラブレッドたちが、同じ舞台で戦う姿を見られるのもこのRRCならではの光景です。
まず行われた競技は馬場馬術。馬がリズムよくステップを踏んだり、馬場をキャンバスに図形を描いたりする競技です。優勝したのは、ニマと全日本クラスでも活躍されている西脇友彦選手(ニシワキステーブル 所属)。現役時代の名前はシゲルシンジュ(2016生 父 クロフネ 母 クリヴィア)、中央競馬でデビュー後、門別競馬、佐賀競馬へと移籍し佐賀競馬で3勝を挙げています。競走馬としてはスーパースターではなかったもののセカンドキャリアで素晴らしい1勝を挙げることができました。
次に行われたのは障害馬術。競技場内に設置された障害物を順番通りに飛越し、障害物に掛けられたバーを落とさず、早くゴールすることを競います。予選大会の高さは90cmでしたが、今回のファイナル大会では100cmの障害物が並んでいました。優勝は、Gソミアと乗馬歴6年のアマチュアライダー中川万佑花選手(テーブルランド乗馬倶楽部 所属)。現役時代の名前はタイガーハウス(2014年生 父 オルフェーヴル 母 ピサノジュバン)、門別競馬でデビュー後、大井競馬、園田競馬へと移籍。門別競馬でこの馬を管理していた田中淳司調教師は「タイガーハウス、覚えているよ!現役時代はごく普通の馬で、特別なエピソードはないけれど自厩舎からスタートした馬が競馬とは違う世界であれ、活躍しているのを聞くのはほんとうに嬉しい」と話してくださいました。そして、プロライダーに混ざってショートカットを決め会場を沸かせてくれた中川選手、素晴らしい走行でした。
1頭の馬にはさまざまな人の手がかかっていて、たくさんの思いが詰まっています。馬たちが話すことができたら、彼らの過ごしてきた日々を何日かけてもじっくり聞いてみたいと思ってしまうのは私だけでしょうか。
このファイナル大会に、以前から私とご縁のあったサラブレッドが3頭出場していました。
彼らの舞台裏を少しお話したいと思います。
産まれた時から見てきたアンセム18
アンセム18(競走馬名:アンセム 2014年生 父ディープインパクト 母オータムメロディー)は、私がダーレー・ジャパン・ファームの繁殖厩舎勤務時に産まれた馬です。
彼の全姉が競走馬として活躍しており、産まれる前から楽しみにしていた馬の1頭だったことを覚えています。2019年1月のレースを最後に引退。競走馬の生産・育成・管理を行っている、ゴドルフィンの引退競走馬のための社内プログラムで、私が担当するゴドルフィン・リホーミング・プログラムの対象馬として、北海道・日高町にある牧場に帰ってきました。牧場で休養期間を過ごした後、2019年12月には乗馬として白井牧場不二ファームへ。障害馬術馬としての適性と適切なリトレーニングによって、2020年のRRCファイナル大会に初出場。その後2021年、2022年と3年連続で出場し、障害馬術馬としての素晴らしいセカンドキャリアを歩んでいます。
この馬を現役時代に管理していた野中賢二調教師に近況をお話したところ、次のように答えていただきました。
「現役時代からとても背中の良い馬で、馬格はありませんでしたが、いいバネがありました。繊細な気性が目立っていましたが、それが良い方向に作用して今の乗用馬としての活躍に繋がっているのではないでしょうか。元々の馬の資質だけでなく、リホーミングを行ったゴドルフィンさん、リトレーニングを行った白井牧場不二ファームの白井 岳さんなど、人から人へ良い縁が繋がっていった結果だと思います。自分が関わったアンセムが乗用馬として才能を発揮し活躍しているのを見ると大変嬉しいですし、現役引退後もこういった場で活躍できる馬づくりをこれからもしていきたいと思っています。」
私は昨年のファイナル大会から約1年ぶりに彼に再会することができました。随分と落ち着いた雰囲気でとてもご機嫌な顔をしていて、現在在籍する慶応義塾大学馬術部のみなさんに大切にしていただいていることが一目でわかり、感謝の気持ちでいっぱいになりました。
テディという愛称のメイショウリョウガ
今回の大会に参加した馬の中でひと際ゆったりと、まるでテディベアのような優しい雰囲気をまとった馬がいました。メイショウリョウガ(2017年生 父サウスヴィグラス 母メイショウフクヒメ)です。2020年9月、育成を担当した三嶋牧場さんから「とても気のよい2歳馬がいるのだけど、乗馬として引き受けてくれる良い所を紹介してくれないか?」とご相談を受けたのが彼との出会いのきっかけです。
早速、彼を見に行くと2歳とは思えないぐらい落ち着いていて、やさしい目をしていました。これは間違いなく乗馬として可愛がってもらえると思ったものの、未出走の2歳となると乗馬としては若すぎるという理由で敬遠する方も多くいます。そこで競走馬も扱っている那須トレーニングファームさんにお声かけをしたところ、快く引き受けてくださいました。リトレーニングは16歳の広田大和くんが担当し、競技でも大和くんが騎乗。ファイナル大会には昨年に引き続き2年連続の出場で、今年は3位に入賞という大和くんも驚きの結果となりました。競技会で活躍するだけでなく、普段は乗馬クラブに通うお客さんのレッスンでも大人気なのだそうです。
メイショウリョウガは、競走馬として生まれたものの能力に疑問が持たれ、馬主さまやご関係者さまの早期の適切な判断で、彼に合ったキャリアに進むことができました。サラブレッドとはいえ競走馬としての適性がない馬も一定数はいます。そのような馬が適したキャリアへ進めるよう競馬業界、特に馬産地と乗馬業界のネットワークが必要であると感じます。
みんなの人気者メイショウテンシャ
最後に、現在私が運営のお手伝いをする、オールド・フレンズ・ジャパン所属のメイショウテンシャ(2014年生 父ディープインパクト 母メイショウベルーガ)をご紹介したいと思います。オールド・フレンズ・ジャパンにつきましては1回目のコラムでご紹介していますので、ぜひご覧ください。
▶︎ https://humanwithhorses-jra.jp/columns/01jp/
2020年10月、現役を引退した彼は、管理されていた池添兼雄調教師からのお声かけで、蒜山ホースパークへ入厩、その後、併設するオールド・フレンズ・ジャパンへ移籍しました。
今春から開始した放牧見学では、たくさんのファンの方が彼に会いに来てくださっています。
彼のようにファンの多い引退競走馬の活躍を通して、より多くの競馬ファンや一般の方々に引退競走馬に関する正しい情報を発信し、ネガティブになりがちな引退競走馬のイメージを払拭することができればと考えています。メイショウテンシャは来年に向けて、3度目のファイナル大会出場をめざしてまいりますので、引き続き応援をお願いいたします。
サラブレッドの一生と引退競走馬のこれから
私たちはサラブレッドの現役引退後のキャリアのみに注目してしまいがちですが、それは少し違うような気がしています。生産・育成・競走馬時代・引退後のセカンドキャリアと、サラブレッドの一生に情熱を持つ方々が手塩に掛けて育てています。
日本の競馬業界には、世界トップクラスのサラブレッドを輩出している技術があります。
そして、日本の乗馬業界には、引退競走馬を乗用馬としてオリンピックや世界選手権に出場できるまでリトレーニングしてきた経験とノウハウの蓄積があります。
この競馬業界と乗馬業界が一緒になって彼らのキャリアをつくっていける「繋がり」こそが、世界一の転用の仕組みや技術をつくり出せると確信しています。
最後になりましたが、ファイナル大会に出場した全人馬とそれに関わる全ての方々に大きな拍手を送りたいと思います。
Photo by Ryosuke KAJI ▶︎ https://ryosukekaji.com
Photo by 加藤 加奈子 Umagrapher Kanako ▶︎ https://www.instagram.com/kimonosuki02/?hl=ja