JRA 馬術&引退競走馬

引退競走馬(日本)
今年は、日本で開催。第8回IFARレポート

昨年のコラムでも紹介した引退競走馬のアフターケアに関するカンファレンス「IFAR」が、今年は第40回アジア競馬会議(札幌)の初日に開催されました。第8回となる今回は、世界25か国から関係者が参加し、引退競走馬のアフターケア、セカンドキャリア促進に対する意識を高める機会となりました。

参加者を迎えるライトオンキュー号

① フィールドトリップ

今回のフォーラムは、午前中の札幌競馬場・乗馬センターでのフィールドトリップからスタート。

日本の競馬場で引退競走馬たちが、どのような活動をしているかを海外にも改めて紹介することを目的としていました。まず会場に入ると、競馬開催日には誘導馬(リードホース)をしている2頭(ライトオンキューほか)が慣れた様子で参加者をお出迎え。国内外の参加者たちも、直接、その肌に触れ、写真を撮るなど、サラブレッドたちの持つ可能性を体験しました。

華やかな会場へ変身した乗馬センターのインドアアリーナでは、引退競走馬による馬場馬術や障害飛越などを披露し、日本で取り組んでいるセカンドキャリアの様子を紹介する映像が流されました。

現役のジョッキーによるトークセッションも行われ、クリストフ・ルメールさんと北村宏司さんが登場し、「引退したサラブレッドたちが馬術やセラピーホースとして、新たな才能を見せる姿を目にするのはとても嬉しいことです」(ルメールさん)、「日本の騎手は引退競走馬を支援するチャリティ活動に協力しており、ソーシャルメディアなどを通じてメッセージを広める役割も担っています」(北村さん)と話してくれました。また、JRAの競馬開催日の誘導業務=リードホースは、引退競走馬たちがその役割を担っており、円滑な競馬施行に大いに貢献していることや、競馬ファンとのふれあい活動、子どもたちの乗馬体験=未来の馬産業の人材育成にも大活躍している様子が紹介され、参加された方々の関心をひいていました。

北村宏司さんとクリストフ・ルメールさん
サハラデザート号によるデモンストレーション

② カンファレンスのスタート

午後は、札幌コンベンションセンターへ場所を移し、世界各地からのスピーカーも参加してのカンファレンスが行われました。

オープニングのJRA日本中央競馬会の吉田理事長の挨拶では、「競馬は非常に長い歴史を持ち、魅力的で楽しいスポーツです。競走馬の福祉と引退後のケアに取り組むことは、競馬というスポーツと賭け事を世界中で維持するために避けて通れない課題です」との考え方が示され、各国の関係者に競馬のサステナビリティに対する意識の大切さを呼びかけました。

基調講演として、今回はサッカーの元イングランド代表選手で競馬を愛するマイケル・オーウェンさんがビデオメッセージで、自らのスポーツマンとしての現役・引退に関する悩みや葛藤の経験を踏まえ、現在の競走馬生産の仕事での基本的な方針を踏まえつつ、「引退競走馬のケアは業界全体の共有責任であり、各国での適切な対応が求められる」との考えが示されました。

この基調講演やボイド・マーティンさんによるリトレーニング・クリニックの紹介、アメリカ・ワイオミング州にある「Center for Racehorse Retraining」の活動の様子などが映像で紹介されました。これらの映像は、こちらからご覧いただけます。

札幌コンベンションセンターで行われた 第40回アジア競馬会議
JRA日本中央競馬会の吉田正義理事長

③ 専門家たちによる引退競走馬に関する講演

今回は、5名の専門家がアフターケアやウェルフェアについての取組みや課題などを発表しました。

㋐ 菊田淳さん(JRA日本中央競馬会・馬事担当理事)

国内での引退競走馬のセカンドキャリア支援に関する取り組みを中心に日本の馬事情を紹介。引退競走馬のリトレーニングの検証、馬産業の人材育成への貢献、新団体TAW(Thoroughbred Aftercare and Welfare)の設立、地域社会・伝統文化での活用など、幅広い施策の紹介と、説明を行いました。

㋑ ロウリー・オウワーズ博士(Dr. Rowley-Owers / World Horse Welfare)

オーストラリアやアメリカでグレイハウンドレースが禁止されたケースなどを紹介し、「ソーシャル・ライセンス」を失うリスクについて警戒すべきであること、競馬や馬術が同じような厳しい状況に陥らないためには、馬や引退競走馬に関わる福祉への取り組みが不可欠であると述べました。

㋒ ヘレナ・フリンさん(Helena Flynn / Horse Welfare Board)

ジェーン・ウィリアムズ博士(Dr. Jane Williams / Hartpury University)

イギリスで初めて行われた「サラブレッド・センサス(国勢調査)」の取り組みを紹介し、引退競走馬のトレーサビリティを向上させたことを発表しました。このセンサスなどを通じて、引退後の所在の追跡ができることから、競走馬の生涯に亘るケアの透明性や追跡を求められる可能性に言及し、イギリスの競馬業界がどのようにこれを実現しようとしているのかを説明しました。

㋓ サラ・コールマンさん(Sarah Coleman / Kentucky Horse Council) 

ケンタッキー・ホース・カウンシルが行っている活動と、馬の福祉を守るためのプログラムについて紹介。活動内容は、去勢支援、災害時の緊急対応、安楽死サポート、飼料支援など多岐に亘るもの。また、経済的に困難な状況にある馬主をサポートするプログラムも実施しており、支援を求めやすい環境を整えることが、馬の福祉向上には重要であると述べました。

㋔ ナターシャ・ローズさん(Natasha Rose / Hong Kong Jockey Club)

自身のMBA研究に基づき、引退競走馬のセカンドキャリアに対する競馬業界や馬術業界の認識について発表。現役引退後のサラブレッドが持つ多くの可能性を強調するとともに、サラブレッドに対する誤った認識や思い込みを解消するためには、適切な教育と情報提供が必要であると話しました。

最後にスピーカーが全員参加して、それぞれの講演を補足し、意見交換するとともに、会場内からの質問に応え、カンファレンスを終えました。

なお、IFARは執行体制が見直され、チェアマンの交代(ダイさんからエリオットさんへ)が行われることとなりました。

パネルディスカッションの様子

④ ホーススポーツの未来

私自身、WEBでの開催を含め、初回からIFARに参加し、お手伝いをしてきましたが、今回のフォーラムを終えて、今現在の率直な感想は「危機感」、その一言です。ここ数年の海外での競馬だけでなく、ホーススポーツが直面している現実の深刻さを、より一層強く感じることとなりました。

競馬や馬術の未来を守るためには、私を含めた業界関係者はもっと根本的な意識改革と行動を迫られているのではないか、という思いが頭から離れません。

サラ・コールマンさんは「苦しんでいる馬に提供できる最大の贈り物」として、安楽死支援プログラムの重要性を話していましたが、日本での安楽死についての議論を活性化するために、私たちになにができるでしょうか?

ロウリー・オウワーズ博士が推奨した馬の福祉を包括的に評価するための「5つの領域モデル」、私たちは馬が身体的にも精神的にも満たされた生活を提供できているでしょうか?

サラブレッドのトレーサビリティについて考えたことはありますか?

セーフティ・ネットについて考えたことはありますか?

 競馬のみならずホーススポーツが今後も、人間社会から受け入れられ、馬と人が一緒に活動することができるかどうかは、業界がどれだけ迅速かつ効果的に行動を起こせるか、意思を示せるか、取り組みを計画できるか、にかかっているのではないでしょうか。改めて、自分自身に問いかけています。

Written by

澤井 靖子 Yasuko Sawai

2006 年ダーレー・ジャパン・ファーム(有)入社、繁殖部門に従事。 2015 年より日本でのゴドルフィン リホーミング プログラムや 現役引退競走馬に関する取り組み全般を担当。 2022 年より岡山県真庭市にあるオールド・フレンズ・ジャパンで 引退競走馬たちとの共生を目指し普及活動を行う。