【フランスの引退競走馬】シャンティイとエクイタ・リヨン
このコラムでアメリカ、オーストラリアの引退競走馬に対する取り組みについてご紹介してきました。それらを振り返りながらふと頭に思い浮かんだのが、世界の競馬を牽引する国のひとつフランスの引退競走馬はどうしているのだろう?でした。
そこで、フランスの引退競走馬の為の団体オーデラ・デ・ピステ(Au-Delà Des Pistes・以下ADDP)にお手伝い頂き馬の町シャンティイにある再調教施設とADDPが広報活動を行うエクイタ・リヨン訪れることにしました。
【オーデラ・デ・ピステ Au-Delà Des Pistes / ADDP】
オーデラ・デ・ピステは、フランスにおける競走馬の引退・再調教・譲渡を促進する為にイギリスのRoRやアメリカのTAAをお手本に2016年に設立された慈善団体です。
ADDPは以下の活動を行っています。
・サラブレッドの多用途性の認知度を高める
・元競走馬のための馬術競技会の開催
・元競走馬のための質の高い再調教施設の認定
・故障し引退する馬の預託費や去勢費の助成
・資金の調達
・競走馬としてのキャリアを終えた後、再調教された競走馬の追跡調査の実施
フランス競馬中心地の引退競走馬
競馬場とフランス最大の調教施設のあるシャンティイ、フランスの主なトレーナーやジョッキーがここに居を構え約3000頭のサラブレッドが暮らし日々調教されています。そのシャンティイ競馬場から車で約10分のところにあるADDPが再調教施設として認定している2つの「乗馬クラブ」エクリエ・ニコラ・ランペール(Ecurie Nicolas Lempereur)とエクリ・ド・レトリエ・ドール(Ecurie de L’etrier D’or)を訪れました。
この日は前日の暴風雨の影響で、トレーニングの様子を見学できませんでしたが、いろいろなお話を伺いすることができました。
私が「乗馬クラブ」と表現したのは、2つの厩舎ともにイギリスやアメリカでみられるような引退競走馬の再調教に特化した団体ではなく、日本の状況とよく似た「乗馬クラブ」のビジネスのひとつとして再調教を行っている団体だったからです。引退競走馬の受け入れや再調教後の売却の流れなども日本の形態と非常によく似ていて、競馬関係者から引退競走馬を購入するもしくは、譲渡される場合もあるようです。しかし、様々な品種、用途、サイズの馬を手に入れる事ができる、乗馬大国のフランスで、再調教されたサラブレッドの需要はあるのだろうか?
ニコラは、価格がそれほど高くなく質の良い馬を求める人々にサラブレッドの需要があると話してくれました。彼は年間20頭ほどの引退競走馬を新しいオーナーにマッチングさせています。引退競走馬のセカンドキャリアについて、ADDPのトレーサビリティ&アナリシス・マネージャーのメガーヌ・マルティンスさんにも伺ったところ、近年、人気のフレンチ・サドルブレッド(セル・フランセ)が高値になっている事、トロッターはレジャー用には人気があるのですが、ホース・スポーツ用にはあまり適さない事などから、低価格で聡明で気性が良いサラブレッドが求められると説明してくれました。ADDP から、今年(2023年度)はこれまでに258頭の引退競走馬をセカンドキャリアへ送り出したそう。
エクリ・ド・レトリエ・ドールのアマウリーは、引退競走馬を受け入れる際にADDPが仲介する(馬は一時的にADDPの所有となる)事により、競馬業界と乗馬業界をつなぐ役割を果し、トラブルなく馬を受け入れる事ができるようなり、この仕組みが本当に助けになっていると話してくれました。
ADDPは、競走馬が現役を引退する際のノンレーシング・アグリーメント(競走馬として使用する事を禁止する書類)、所有者の変更などの事務手続きを無料で行っています。引退競走馬を取り巻く環境それに伴う課題はそれぞれの国で違いがあり、また必要なサポートも違ってくることを改めて感じました。
驚きのエクイタ・リヨン
フランスでも最大規模の馬術競技会、フランスのリヨンで開催されているエクイタ・リヨンへ向かいました。
訪れて驚いたのが、FEIワールドカップ競技から馬術アーティストによるショー、様々な品種の馬のデモンストレーションなどがあり、ありとあらゆる馬に関するイベントがそれほど広大とは言えない屋内の会場のあちらこちらで行われていました。主催者発表によると来場者は5日間で約19万人だったそう。フランスの馬文化の豊かさと深さに圧倒されました。
ここではADDPが3頭の引退競走馬を連れデモンストレーションと広報活動を行っており、サラブレッドでデモンストレーションを行うにはなかなか厳しい環境でしたが、3頭の引退競走馬が素晴らしいパフォーマンスを見せてくれました。7歳のイーグル・ハンター(父Dansili)8歳のヴァンチュリー(父Rip Van Winkle)10歳のフェニシアン(父Rock of Gibraltar)。3頭ともよく調教されているのはもちろんの事、とても愛らしくお利口さんでそれぞれのライダーに大切にされていることが見て取ることができました。
デモンストレーションの様子はADDPのインスタグラムをぜひご覧ください。▶︎https://www.instagram.com/audeladespistes/
この馬たちが期間中滞在する厩舎は、ADDPの出展ブースのすぐ隣にある、一般の来場者もが訪れることができる場所にありました。馬たちにとっては少々タフな環境ではあるものの、興味をもった人々が間近で馬を見ることができます。この様子を見ながら、日本では私を含め馬関係者が事故や馬の事を心配しすぎるあまり人々から馬を遠ざけてしまっているような気がしてなりませんでした。馬を間近で見る事、馬に触れる事で馬の持つパワーを感じてもらえる場を、日本でもつくっていかないといけないとも感じました。
ADDPのコミュニケーション&イベント・マネージャーのキャロル・デスメッツさんは、今後の活動について持続可能で確実な資金の確保、多くの引退競走馬を受け入れる為に認定施設の拡大、イベントや意見交換会など、コミュニケーションやキャンペーンを通してサラブレッドの多用途性やアフターケアの重要性の認知向上に力を注いでいきたいと最後に話してくれました。