HUMAN with HORSES

アメリカの引退競走馬
サラブレッド・メイクオーバー
〜サラブレッドの大変身〜

世界最大の引退競走馬のリトレーニング・コンペティション

今回、私は、紅葉がとても美しいアメリカ・ケンタッキー州レキシントンにあるケンタッキーホースパークで開催された、とてもユニークな引退競走馬のトレーニング・コンペティション「サラブレッド・メイクオーバー」を訪ねてきました。
私がサラブレッド・メイクオーバーを訪れるのは、今から7年前の2015年、引退競走馬に対する取り組みに関わる世界6か国の人々と訪れて以来、今回が2度目です。
この7年でパワーアップした「サラブレッド・メイクオーバー」を紹介したいと思います。

「サラブレッド・メイクオーバー」の生い立ち

2009年、自身も総合馬術の選手であり、サラブレッド・メイクオーバーを運営するリタイアード・レースホース・プロジェクト(以下 RRP)の創設者スチュアート・ピットマン氏が、馬術競技用に生産された乗用馬が人気を集めるようになるにつれ、スポーツ・ホースとして元競走馬=サラブレッドが活用されなくなりつつある事を憂い、サラブレッドの運動能力の高さや多才さを披露するために始めた「リタイアード・レースホース・トレーニング・シンポジウム」という、たった1日のイベントが始まりでした。
そこから少しずつ形を変えて、2013年、アメリカクラシック3冠競走のひとつプリークネスステークスが開催される事で知られるピムリコ競馬場で、26頭の元競走馬が3か月間のリトレーニングの成果を披露した「サラブレッド・メイクオーバー・アンド・ナショナル・シンポジウム」が現在の原型です。
このように、とても小さなイベントから始まったサラブレッド・メイクオーバーですが、今年は281頭が参加し、アメリカ最大のサラブレッド生産州であるケンタッキー州にあるケンタッキーホースパークでパフォーマンスを披露しました。

「サラブレッド・メイクオーバー」が唯一無二である理由

サラブレッド・メイクオーバーの最大の特徴は、サラブレッドの多才さと運動能力を披露するために考案されたトレーニング・コンペティションであること。まさに多才さを披露する場、10種類の種目(バレルレース、コンペティティブトレイル、総合馬術、馬場馬術、障害馬術、ポロ、ランチワーク、フィールドハンター、ショーハンター、フリースタイル)が用意されており、中には2種目に参加する人馬もいます。
メイクオーバーに参加できる引退競走馬は、リトレーニング期間が10か月以内の引退競走馬のみ。
つまり、一生に1回しか参加することができないのです。
そして、全種目メイクオーバー独自のルールに則った調教の進度を審査する採点競技となっており、みなさんがご存じの通常の馬術競技のルールで競技が行われるのではありません。
メイクオーバーのルールブックは100ページ以上、その内容はセカンドキャリアの入り口に立った元競走馬を後押しするもので、障害の高さが選べる、馬場馬術の課目が選べるなど、馬に無理をさせることのない設計となっています。
エントリー方法も独特で、まず、1月に選手のみエントリーを行います。その後、審査を通過した選手は7月末までに資格をもった引退競走馬(最大3頭)のエントリーを行い、最終的なエントリー(種目、障害の高さなど)を9月初旬までに済ませるというもの。この設計によって選手は、大会に参加する引退競走馬の選定から療養、リハビリ、リトレーニング等を約1年間のプロジェクトとして進めていくことになり、その約1年間の過程をソーシャル・メディアで発信する選手も多く、元競走馬が「変身」する過程を知る事ができます。
また、優秀なトレーナーがいなければ、元競走馬が優秀な乗用馬になることはできないというRRPの強い思いから、メイクオーバーが優秀なトレーナー育成の助けとなっていることも見逃せません。
一年を通し、RRPはセミナーや座談会を開催して参加者がトレーニングやケアのより良い戦術を学べる機会を提供しています。
引退競走馬のセカンドキャリア促進という目的のため、柔軟かつ合理的で無駄のないシステムを設計してしまうところは、さすがアメリカ。そっくりそのまま日本に持ってくることはできなくても見習える部分が沢山あると思います。

若いライダーの活躍

今回印象に残ったのが若いライダーが優秀な成績を修めていたこと。7年前には見られなかった光景でした。
総合馬術部門で優勝、馬場馬術部門で2位となり、総合チャンピオンに選ばれたのが高校3年生のジェナ・デンバーと未出走の4歳牝馬、シーイズアボールドワン(父 Midshipman 母Bold Contender)。
彼女だけではなく、コンペティティヴ・トレイル部門の優勝が15歳のイザベル・ウェルズと5歳セン馬、ヒエロニムス(父Girolamo 母Pamona Ball)。
障害馬術部門の準優勝が16歳のミア・バニャートと8歳セン馬、フラッシー・シャック(父 Shackleford 母 Flashy Prize)。
ショーハンター部門の優勝が19歳のアマンダ・ゴメスと4歳セン馬、レーシング・エース(父Upstart 母Remwmbermefondly)。彼女の父は、日本の競馬でも騎乗したことのあるアメリカの名手ギャレット・ゴメス騎手です。「メイクオーバーは私の心の中で特別な位置を占めています。私の父はサラブレッドが競馬場を離れたときのアフターケアにいつもとても熱心で、明らかにそれは私の中にも組み込まれたものなのです。」と話してくれました。
若いライダーの活躍は、このイベントの、ひいては引退競走馬の転用の将来が明るいものであることを示しているように思えます。
また、先にお話した「優秀なトレーナーがいなければ、元競走馬が優秀な乗用馬になることはできない」というRRPの思いが確実に形になっているのではないでしょうか。
決勝戦(各部門の上位5頭)の様子はRRPのYouTubeチャンネルで見る事ができるので、ぜひご覧ください。
▶︎ https://youtu.be/EO-RR7BrbXM

洗練された引退競走馬たち

もうひとつ、7年前と大きく印象が違ったのが参加している引退競走馬たちの調教の進度はもちろんのこと、健康状態を含めた質の向上です。
7年前、この大会のコンセプトには大きく賛同させられたものの、率直な感想として、質の点では、「大きな競技会と比べてしまうと」という印象だったのですが、今回、目の前を通りすぎる馬たちを見て、その馬たちの状態の良さ、マナーの良さ、調教レベルの良さ、すべてにおいて素晴らしいと感じました。
RRPの各ソーシャル・メディア・チャンネルには、美しい引退競走馬たちが溢れています。
次回のコラムは、この質の向上に大きく関係している参加馬たちが受けなければならない「獣医検査・アライバルエグザム」について、詳しくお伝えします。

リタイアード・レースホース・プロジェクト ▶︎ https://www.therrp.org/

Written by

澤井 靖子 Yasuko Sawai

2006 年ダーレー・ジャパン・ファーム(有)入社、繁殖部門に従事。 2015 年より日本でのゴドルフィン リホーミング プログラムや 現役引退競走馬に関する取り組み全般を担当。 2022 年より岡山県真庭市にあるオールド・フレンズ・ジャパンで 引退競走馬たちとの共生を目指し普及活動を行う。